part.4:Mk.3ブラックメッシュグリル・モデル

 BLMCの結成によってMk.3にマイナーチェンジしたMGBだったが、そのフロントグリル・デザインはお世辞にも評判の良いものではなかった。Mk.1〜2時代のデザインを懐かしむ声は大きかったのである。

 そこでBLMCは前代未聞のマイナーチェンジを '72年10月に行った。フロントグリル・デザインを4年前の時点に戻したのである。しかし完全に同一にではなく、それまで縦スラットだったグリル部分を黒色プラスティックのメッシュに変え、グリルに付けられたシールド付オクタゴン・エンブレムの配色を黒地/赤MGから赤地/銀MGに変更した。

 余談だが、レイランドグリル・デザインは相前後してスプリジェットにも導入されたのだがこちらは苦情が少なかったのか、変更されていない。しかし角形だったリア・ホイールアーチ形状が '71年10月から丸い形状になる。
 なお「ミジェットMk.4」という呼び方は俗説であり、カタログ上では後のミジェット1500でさえ「Mk.3」とされている。

 さてブラックメッシュグリル・モデルのフロント・グリル以外の変更部位はごくわずかである。最大の相違はワイパーがブラックアウトされた事程度で、他にはドアにアームレストが付き、シフトノブとステアリング・ホイールのデザインが変更された事くらいである。なお対米仕様のワイパーが3連となったのはレイランドグリル・モデルからの事である

 こうしてMk.2の頃のフロント・フェイスに近くなったMGBだったが、実は日本ではあまり知られていない一つの相違がある。

 MGBのフロント・ウィンカーの取り付け位置はMk.2以前とレイランドグリル以後では異なっているのである。具体的には後者がグリルに対してより近い位置に配置され、グリル開口部に対してモール1本分の隙間しかなくなっている。この事を知っていれば一目でコンバージョン・モデルかどうかの識別ができるし、フェンダー・パネルの交換履歴の有無も判別が可能である。

 例えばMk.1/2であるにもかかわらずフロント・ウィンカーがグリルに寄った位置にあれば、その車は実はレイランドグリル・モデルのフロントグリルを交換した物であったり、事故や錆などによってフロントフェンダーが過去に交換されている可能性が高い事になる。

 フロント・ウィンカー自身は、対米仕様以外は「車両外側が白色の車幅灯/内側が橙色の方向指示灯」というのが正規の配色であり、Mk.1〜2の対米仕様は全てが白色、Mk.3以降は全てが橙色となる。 因みにテールランプにおいてはMk.1〜2対米仕様が赤一色、Mk.3以降の対米仕様が上から「赤色のストップ&テールランプ/橙色の方向指示灯/赤色の反射板」という配色になる。




 この時期のMGB最大のトピックスは、やはりMGB/GT V8の登場だろう。

 MGBのエンジンベイにGM(ビュイック)設計/ローヴァ開発になる3500ccV8エンジンを搭載するというこの野心的な企画は、元来BLMC自身のものではなかった。

 あるチューニング・ショップを経営していたケン・コステロという人間からBLMCに一つの依頼があった。彼が改造を施したMGBに対してBLMCのカタログ・モデルと同じ保証を与えて欲しいというものだった。丁度現在BMWがアルピナに与えているのと同じ様なものである。 その彼が手掛けた改造MGBのエンジン・ベイに収められていたのは、ローヴァ3500サルーンやランド・ローヴァに用いられているV8エンジンだったのである。

 自動車の世界には「排気量アップに勝るチューニングなし」という言葉があるという。より高い動力性能を求めて元々のエンジンをチューン・アップした場合、確かに絶対出力は向上するもののその代償として低速トルクや耐久性の低下などという実用性の低下を招くことが往々にしてある。

 これに対して排気量アップはトルク自体を増大させる事ができるし、通常行われるボア・アップなどの手法によるエンジン重量の増加は軽微に収めることができる。 しかしBタイプ・エンジンは1800cc仕様に至って耐久性の低下なしにそれ以上の排気量アップを行うのは難しい状態だった。一方3000ccにまで排気量増強を図ったMGCは95kgものエンジン重量の増加によるノーズ・ヘビーに最後まで悩まされた。

 この二つの難点を解決しつつMGBのボディに2倍の出力/トルクを与えるという魔法が、ローヴァV8の搭載だったのである。

 全鋳鉄製であるBタイプ・エンジンに対して全アルミ製であるこのV8のエンジン単体重量は、実に18kgも「軽かった」のである! 補器系までを含めるとこの差は逆転すると言われるもののそれは軽微なものであり、またドナルド(ドン)・ヘイターがMGBに与えておいた広いエンジン・ルームはごくわずかの改造を施すだけでこのV8エンジンを飲み込む事ができた。それはMGCではやむを得ず行われたフロント・サスペンションの形式変更の必要すらなかったのである。 ただエンジンの真上にキャブレターが来るV8エンジンの宿命上、ボンネットには大きなバルジが付けられ、このためもあってか材質もFRPに変更されていた。
 ケン・コステロの改造MGBに対してカタログ・モデルと同じ保証が与えられるかどうかの検査のために、BLMCはこのコステロV8にテストを行った。そして首脳陣が下した結論はこうだった。

 「なぜ我々自身がやらないんだ?」

 かくしてMGB V8はコードネーム<EX249>として、MGの手で正式のカタログ・モデルとなるべく開発が始まった。

 ボンネットのバルジは2基のSUキャブレターを専用のインテイク・マニーフォールドとの組み合わせでエンジンの後ろに配置することによって4気筒版と同じ物の使用が可能となった。ただしインナー・ホイールハウスやバルクヘッドは一部形状され、またバンパー下には左右2分割のグリルも新設された。 サスペンションは基本的に4気筒版と同じだが、V8のパフォーマンスに対応してバネレートが引き上げられるなどの改良が施された。またV8エンジン搭載に伴ってフロント・サスペンション・クロスメンバーの形状が変更になり、専用に開発されたスチール・リム/アルミ・ディスクの組み合わせによる15インチ・ホイールと175−14ラジアルタイヤの組み合わせと相まって車高は1.5インチ高くなった。

 そしてフロント・グリル/助手席側フロント・フェンダー/テールゲートにレインジ・ローヴァ用などと同じデザインの、「V8」のエンブレムが取り付けられてMGB/GT V8は完成した。
 こうしてMGCのアキレス腱だったノーズヘビーから解放されつつ倍の出力を手に入れたMGB/GT V8のパフォーマンスは目を見張るものだった。

 最高速度は200km/hを越え、0−400m加速は15秒台。これは4気筒MGBと比較して、実に最高速度で30km/h、0−400m加速で3秒以上速い事になり、MGCと比較してさえ10km/hかつ2秒速い「最速の市販MGB」として、このMGB/GT V8は '73年9月のロンドン・モーターショウにおいてデビューした。

 だがこのスーパーMGBのパフォーマンスはGTボディにのみ与えられ、トゥアラー・モデルは遂にMGBの名でBLMCから発売される事はなかった。この理由についてMG首脳はローヴァV8エンジンの生産キャパシティとボディ強度の問題を挙げている。
 しかしこのトゥアラー版MGB V8の欠如が後に多くのショップの手になるコンバージョン・モデルの誕生を促し、ひいてはそれが20年後に意外な形でのMGBの復活に繋がることになるのだが、それはまだ先の話である。

 このMGB/GT V8の誕生と入れ違いに、Mk.2以来設定されていたオートマチック・トランスミッション仕様はカタログから姿を消した。 6年間の間に生産されたMGB/ATはトゥアラー452台/GT1285台の、合わせてわずか1737台(MGCを除く)しかない。

 MGB/ATは日本においては正規輸入された実績はなく、その後ごく少数が並行輸入で日本に入ってきたのみと推測される(少なくとも、そのうちの1台はとある下肢障害者の方がハンドコントロール車に改造して使用されているそうである)。

 こうしてデザイン/ラインナップを整備したMGBだったが、そこに襲いかかったのがOPEC(石油輸出国機構)による戦略的な石油価格の高騰だった。世に言う「第1次オイルショック」である。
 自動車にとっての生命線である石油の供給の危機は、高燃費の大型車や高出力のスポーツカーにより深刻な打撃を与えた。それはMGBの生産台数にも顕著に現れている。

 1972年にMGBの年間生産台数は18年の生涯中最多を記録するが、続く '73年には一気に前年の3/4となり、 '74年もその水準で推移した。
 さらに高まる大気汚染対策と増大する交通事故死傷者数対策への要望は、法規という形で強制的な対応を自動車に強いることとなった。
 日本においては '74年モデルからベースをそれまでの英国仕様から北米仕様にと変更され、これに合わせてオーヴァ・ライダーが衝撃吸収機能を持つ大型ラバー・タイプ(通称「サブリナ・バンパー」)に変更となる。 さらに日本仕様において標準装備だったセンターロック・スポークホイールのノック・オフがボディ最外端から飛び出すという理由で、日本においてリップ・タイプのオーヴァ・フェンダーが板金装着された(これはミジェットも同様である)。

 MGBの受難はこれのみに止まることはなかった。最大の輸出国であるアメリカで施行されることになった「ある」法律、そしていよいよ困窮を深めつつあったBLMCの財政状況が、MGBの外観と役割を大幅に変更させることになるのである。


by MG PATIO <えむじい亭>マスターCorkey.O
(MGB V8conv. called "Bee-3",Yotsukaido-CHIBA)
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